Twitter上のメンヘラの話

Twitterではメンヘラと名乗る人間がそれなりにいる。
「メンヘラさんと繋がりたい」や「病み垢さんと繋がりたい」という傷の舐めあいのようなタグもある。そのタグ自体はいいな、と思った。
リスカやお薬の写真を載せたり、精神病を患っていることをステータスにし、アピールをしている人間がごまんといる。自分と似た人間を探し、現実逃避をするにはうってつけの場所のはずだった。
ただ、そのタグを出会いの道具として使ってる人間の数もそれなりに居るということ。
そして顔の写真を載せる人も珍しくないということ。
承認欲求を満たしたいのが大半の理由だろうけど、自分に自信がない僕には理解ができなかった。
もっと人生に悲観し、明日にでも死んじゃうような、そういった人間がたくさんいるイメージだった。
蓋を開ければ、メンヘラを、自分が病んでいることを、誇りに思っている人間、その人間と出会うのが目的の人間の方が数は多かった。おそらく年齢層も低いのだろう。(僕もまだ若い部類だろうけど)
メンヘラをアイデンティティーと思っているところはあるかもしれないけれど、誇りに思ったことなんか一度たりともない。
ここは自分には明るすぎる場所だな、と思った。
少し場所を変えて、タグを利用していないメンヘラが居るところを覗いてみると、こっちの方が僕には居心地がよかった。ただただ自分の現状や思想、感情をツイートするような人がたくさん居た。
僕はこういうのが見たかった。こういう人と友達になりたかった。声かけることができず、「いいね」で済ませることが大半なんだけど。これでいいんだ。この距離感でいいんだ。
僕は思想や感情を人と共有がしたかっただけなんだよ。
僕は自分を「精神疾患者」と名乗るには重すぎると思って、「メンヘラ」と名乗るようにしている。
本当に精神病で苦しんでいる人にも失礼だからね。
僕は笑い話に出来るようなジャンル付けで十分なんだ。

 

ここ最近は引きこもって、ブロン飲んで、くたびれた身体を寝かせてるだけの廃人のような生活が続いている。精神的にも肉体的にも苦しくなってる。
一般的なブロンODは10〜30錠服用し、気分を高揚させるのが目的に対し、僕のODは1瓶以上を服用し、身体を弱らせるのが目的になっている。ODしたその日と次の日は身体を起こせないくらいにはくたくただ。誰も心配なんかしないさ。
空になったブロンを目立つところに積み立てたところで、親は見て見ぬフリ。
親しい(と思っている)ネットのフォロワーが数十人いるTwitterアカウントで苦しいことを具体的にツイートしても見て見ぬフリ。「いつものこと」と認識されているのだろう。本当につらいときに声の一つもかけられない。
全ては「構ってほしい」の一言に尽きるんだよ。
自業自得にしろ、僕の苦しみを理解しない人間が憎かった。僕を救ってくれない世界が憎かった。
元を辿れば、僕が悪いで片付く話なんだ。
でも人間や世界の責任にしないとやっていけない状態なのだ。くるしいね。

 

Twitterで現実的な愚痴を並べてる人、Twitterで同じ趣味の友達と会話している人、2chで終わりが見えない言い争いをしている人、そのどれもが僕には輝かしく見えてしまった。「ああ、やっぱり僕がいなくても世界はまわるんだな」って悲しくなってしまった。どこにも、誰にも、必要とされていないんだと思った。唯一居場所だと思っていたネットも最近は居るのが苦痛になってきたし、顔を見せることもしなくなった。

 

気付いたらタイトルとかけ離れた自分の惨状について書いてしまった。
一括にメンヘラと言ってもいろんな人間がいるね、という話でした。