あれこれ。

どうしようもなかった。

人間関係がどれも薄っぺらいものに見えてしまう。疎外感か、孤独感から来るものか。

どうしても”僕が居なくても”って思考になってしまう。

リアルはそもそも人間関係が存在しない友達ゼロ人なのだけれど、ネットだとコミュニティに属する存在になることが出来た。けど最近は疎外感の方が強くなっている。

この1週間、尚更その気持ちが強くなった。

僕みたいな、ネットに過剰にすがっている人間はなかなか居ない、みんなリアルがある、って自覚はしているからこのことを人に話すのは恥ずかしくて踏み出せなかった。「またメンヘラがなんか言ってるよ」と思われるのがオチである。

 

最近、逃げ道がなくて苦しい。どこ行っても、何してもむなしいから死のうかな、って考える頻度が増えた。

厄介なのが、死にたい気持ちはあまり強くないことなんだ。いろいろ考えたけど、選択肢がそれしかなかった、みたいな。消去法から来る自殺願望なのだ。

ODに逃げてもいいかもしれない。薬をやめたのは去年の半ばあたり。

去年の終盤からODに逃げようかな、って考えるようにはなったけど、なんだかんだしていない。

世間的には死ぬよりはマシか。僕は死んだ方がマシだが。

あ。

構ってほしかった。引きこもりなのに人間と触れ合いたい気持ちが人一倍強い。触れ合う機会がほとんどない引きこもりだからこそか。

 

 僕はインターネットにしか居場所がない。 

コミュニケーションもインターネットで完結している。でも僕には十分だった。心が温まる。

ただいくらインターネットでもみんな人間だ。リアルがある人間なんだ。だから僕と違い、変化や生活がある。

学校、仕事、リアルの人間関係。僕に構う時間はあまりないようだった。さびしい。

インターネットはやっぱりインターネットなんだな、と最近思うようになった。過信していたようだ。

インターネット上でしか関わりようがない僕が消えようとみんなに変化はないし、そもそも消えた事実をどうやって得るんだという話だし。

考えれば考えるほどインターネットはインターネットだ。

 悟ってしまった僕はこの先どうしようかな。

 

次はまともな人間に生まれたい。

どうしようもなくなる日。

どうしようもなくなる日が頻繁にある。何をしても何を見ても何を聞いても無価値に思える日。そういうときは何もしていないが、解決になっているとは思えない。本当は僕も人に頼りたいし、人に優しくされたい。ただ話を聞いてもらいたい。
でも人間は僕に興味がないらしい。相談を受けたり、話を聞いたりすることはたまにあるが、僕が同じ人に同じことをすると興味ががなさそうに対応される。そうなると気分はよくない。
辛い感情がさらに辛くなる。
べつに見返りを求めて話を聞いてるわけでもないけれど、随分利己的だな、とおもう。

人間みんな自分でいっぱい。

じさつしがんしゃ

自殺をする前にあれをしろ、これをしろ、と伝える人がたくさんいるが、そのどれもが的外れだと僕は思う。
そんなもので覚悟が揺らぐなら最初から自殺なんて考えていない。少なくとも僕はそうだ。いや、別に今自殺をしようとしているわけではないが、そんな中身のないアドバイスをもらってもきっと「はあ」としか思わないだろう。
ほとんどの人間が自殺志願者に対して他人事すぎるアドバイスしかしていないように感じる。
それはたぶんその自殺志願者に全く関わりがない人間で「自殺はいけないこと」と言う本能や罪意識で咄嗟に出たアドバイスなんだ。まあ身内に自殺志願者が存在する人間の方が稀だ。
身内に居ればまた考え方やアドバイスも変わってくる、と願いたい。

 

何が書きたかったのか、と言われたら僕も分からない。
精神の状態がよろしくなくて、なんとなく「自殺 はてなブログ」などで検索をかけて、自殺未遂をした人や死のうと考えている人の文章を見て、良くない精神状態が良い意味で刺激を受けた。だからこんなテーマでブログを書いたんだと思う。

 

僕自身、自殺を考えることは減ったが、精神状態に関係なく、いつ死んでもいいとは思っている。
自殺するほどもないな程度に生きている。人間関係に恵まれているわけでもなく、したいことがあるわけでもない、ただ日々を流れるように過ごす人生だ。

 

久しぶりにたくさん文字を打った。

オチを考えていたが、思考の掃き溜めなので、自分が満足する文章を書けたらオチなんていらないか。

精神の安定が空っぽ。

どうしようもなかった。世界中の人間に疎まれている錯覚に陥るし、自分は何も発言したらダメだ、と言われている気がして居場所であろうSNSは利用ができないし、表に出るべき人間ではない、と怒られてる気分になるし。

僕は頻繁に自分の存在を知らないコミュニティでこういう自分の感情を吐露したくなる。

このブログがその役割を果たしているとおもう。

でも、なんだろう、僕の欲求は満たせてない気もする。分からない、単純にわがままだ。

 

僕の被害妄想の話はこのブログでしたきがするし、してない気もするけど、僕の被害妄想は健在だ。それで今このブログを書いていることだし。

頼ることが出来る人間はなかなかいないし。

これはただの愚痴にも近いのだけれど、落ち込んでる人間に声をかけて相談乗ったりして、その時は感謝をされたりするのだ。立場が逆転したらどうだろう。僕が辛くて落ち込んでてもその人間は僕に声をかけてくれることはなかった。

人間なんてそんなもんなんだなあ、とおもった。いや僕はそれが正しいと思うよ。

人間は自分勝手であるべきだ。余計な要素を自分に取り込むべきではないのだ。

でもさびしいなあとおもった。

感情がぐちゃぐちゃになっているので整理がてらブログを書きます。

ボクは結構影響を受けやすい人間です。

Twitterを見ているとあの人がああしてるからボクもああしようかな、あの人がツイートしていること気になるな、ボクもしようかな
なんてことをよく考えてしまう。定期的に自分を見失ってしまう。自分のしたいことが分からない。
今日、ふとそういえば昔は自分のしたいこと、好きなことをして自然な流れで人間関係を構築していたな、と思った。
今はどうだろう。人肌恋しいから、人間と関わりたいから、人間との交流を前提に考えて何かしようとしている。自分のしたいことや好きなことをしようとしていないのだ。
だから何しても楽しくないし、続かないんだろうと思う。なのでしばらくはなるべく余計な情報は遮断してインターネットを利用しようかな、と考えた。
自然のままで自分のしたいことを見つけようと思う。こうは言ってもどこまでそれができるか分からない。明日にでも痺れを切らしていつも通り利用してしまうかもしれない。ボクはそういう人間だ。

 

ボクは引きこもりでニートだ。リアルになんてもちろん居場所はない。ネットに世界を作るしかないのだ。哀れんでくれ。
そのネットですら最近はあやしい。だからこうして人間関係の構築に必死になっているところもあるのかもしれない。
本当になんていうか、最近は、というか今年は、自分が迷走している、人生が迷走している。自分がしたいこと、が定まらない。
はやく特定の趣味か何かに縋ろうと必死になっているかな。自分が今するべきことも分からないし、もうわけがわからないよ、文章もめちゃくちゃだし。

 

結局ブログを通して自分のするべきことは見つかってないし。

勢いのまま文章を書くのはダメだね。

 

最近は精神は安定しているけれど、それ以上でもそれ以下でもないです。

いなくなろうかな、と考えている。

憂鬱な日々が続くので、気を紛らわせたくて、好きなゲームでもしようと調べていた。
人間と交流がしたいこともあり、ネットゲームを中心に探していたのだけれど、特別したいというゲームはなかった。
実際してもいないのに判断するのが早すぎると思う。だけど、なんだろう、しようと思えなかった。
ネットゲームに拘らなくてもいいだろうということでコンシューマーゲームを探しにネットで調べたり、実際にゲームショップに行ってみた。
こちらも特別したいゲームはなかった。
ゲームができる精神状態でもないのだろうな、と僕は思った
気持ち的にはやりたいゲームが今手元にあるのに出来てないことからそれを察することもできた。でも僕はそのゲームをやる気分じゃないだけなんだ、と思っていた。

 

そうこうしているうちに、いなくなりたいな、と考えるようになった。それは死ぬことでもあるし、僕を知る人間が存在しない場所に行くことでもあった。
ただ僕には後者を実行出来る能力がなかった。消去法で前者だけになってしまった。
まあこういうことは僕には珍しくなかった。というか常日頃生きるのをやめたいと考えている人間だった。最近は直接的に死にたいと考えることは少なかったけれど。
こういう状態で死にたいと考えなかったのは僕も不思議だった。救いを求めていたのかもしれない。当然救いが現れることはなかった。
そもそもリアルは友達がおらず、親は僕に興味がないのだ。ネットの友達は僕はこういう状態でいるのが当たり前だと思っているだろう。
自分のことは自分でしか救えないんだな、と思い知らされる。こういう状態が当たり前じゃない人間だとまた変わってくると思う。僕は自業自得だ。
そんな自分でも自分の救い方が分からないんだけど。

 

さてはて、死にたいな。もう直接言おう。僕は死にたい。
誰も僕を気にとめず、僕のことを理解しようとしてくれるない、こんな世界からいなくなりたい。
薬に縋り、自殺を考え、自分でどうこうせずに世界のせいにするのは10代でやめておくべきだ。20代にもなってそういう状態でいる人間はもう手遅れではないだろうか。
もちろん僕は手遅れ側の人間だ。