自分を見失っている。

ここ数日、というものの今月入ってからずっとそうなのだけれど、憂鬱な気持ち、希死念慮が止まらない。

気持ちの安定がない。一日中不安定な状態が続き、何も手がつかないでいる。

好きなゲームも手がつかず、一日していることと言えば音楽を聴いているくらいだろうか。そう言えば珍しく記事にコメントが来て、好きな音楽について書いてほしいとのことでしたが、いずれ書かせていただきます。

コメントありがとうございました。

 

なんていうか、僕の情緒不安定な状態の説明がしたいのだけれど、うまく言葉に表せない。

ほんとに「情緒不安定」なのだ。ふつうは笑ったり、喜んだり、とプラスの感情もしっかり働くと思うのだが、僕はプラスの感情がなく、マイナスの感情の中で不安定だ。

不意に自己嫌悪で落ち込んだり、何もしてないのに罪悪感で苦しんだり、何もしてないのに被害妄想で苦しんだり、突然涙があふれたり。こういう状態が毎日続いている。

何しても楽しくなく、自分が何をしたいのかわからないので対処法も見つからない。

今日ふとこの感情を個人に話してみるか考えたのだけれど、理由も原因もなく毎日情緒不安定で落ち込んでるのでどう話せば良いか分からなかった。理由があればそれに沿って話すことが出来たのだけど。

そんな中、このブログを思い出して、今の思考や感情を書き殴っている。

 

久しぶりの更新でした。

レスタミンODの話。

その日は休日だったので人が多そうでやだなあと思い、行かないことも考えた。でも行きたい気分だったし、気分転換にと外に出た
最近外出時はもっぱらamazarashiのピアノ泥棒をずっとリピートしている。どうせ野垂れ死ぬだけのくそったれの人生。

おそらくグレーなやり方でしょうが、僕は基本的に片耳イヤホンで自転車を漕いでいる。今日も片耳イヤホンでピアノ泥棒を流し、外に出て目的地が近づこうとした頃、道路がやけに渋滞していた。
まあ休日だし、と思ってしばらく進んでいると道路のど真ん中で車と車が衝突していた。
ああなるほどね、と思った。
そのまま横切ったのだが、なぜか、ほんとによく分からないのだけれど、すごく泣きそうになった。あれはなんだったんだろう。
あとやっぱり僕は車は運転したくないなあって思いました。

目的地でレスタミンを探して、見つけたのだけれど、80錠しかなかった。120錠ないのかーと思っていたら店員さんが「何かお探しでしょうか?」と声をかけてきた。
目的のものは見つかったので「大丈夫です」と答えて、レスタミンの会計を済ました。長年引きこもりをやっているとこういう話しかけられるということに救いを感じてしまった。
なんていいましょうか、僕も人間なんだな、大げさな表現でもあるのだけれど、社会に認められたような、そんな気分になってしまいました。
ほんとに大げさだけど、長らく引きこもりをやっているとこういう機会なんてないんだ、しかたないよ。
コンビニで飲み物などを買って、家に帰った。16時くらいだったかな、まだODするにははやい時間だなあ、と思ったので、なんだか気分もよくて、ゲームをやってました。
 
夕方お風呂に入って、良い時間になったのでレスタミンODをしました。
まず初めに驚いたことがブロンよりふたまわりもちいさい。思わず「ちっさ」と声が出たくらい。
とりあえず何のためらいもなく、30錠飲みました。ブロンに慣れてるせいか、二口で飲み切れてしまいました。
そして30分経過。効果は現れない。
ゲームでもするか、としばらくしていたら、ふと身体に違和感を覚える。肌の感覚がなかった
効果が出てきたのかなとゲームをやめて、場所を移動しようとしたところ、立てない。身体が重すぎて立つことが出来なかった。数分重みと格闘して、立つことに成功した。
この重さにはすぐ慣れてしまったけれど、ブロンにはない感覚だったなあ、と思った。ブロンもブロンで身体が重くなるけどレスタミンはそれを上回る重さだった。
 
レスタミンODの目的は幻覚でした。
幻覚が見える、幻聴が聞こえるとよく聞くので楽しみにしていたのだが、幻覚は現れなかった。ざんねん。
僕が体験した症状は、身体が重い、肌の感覚がない、くらいでしょうか。
これなら僕はブロンでいいな、と思いました。。
 
レスタミンODについては以上です。
次は金パブを試したみたいです。
 
6/23 レスタミンODについて追記
少し前の話だけれど、どうせその程度の効果しか現れないなら残ったもの全部飲もうと思って50錠全部飲んだ。
効果が現れるのに1、2時間かかったと思う。神経がかなり敏感になった。ちょっとした物が肌に触れただけでビクッとなったり、ちょっとした音にビクッとなったり、自分の部屋なのにずっと何かに警戒をしていた。
幻覚…と言うべきか怪しいけれど、布が赤ちゃんの顔に見えた。視覚の違和感はそれくらいか。
30錠ではあまり効果を実感出来なかったけど、50錠ではすごかった。ブロンにはない効果が次から次へと現れて楽しかった、と同時に怖かった。
僕がレスタミンで楽しくなるのは50錠以上かな、という結論に。

被害妄想の話。

僕は被害妄想がひどく、それでよく勝手に傷付いたりします。しかもかなり深く傷付きます。
統合失調症と診断されたとき、最初は疑わしく思っていたものの、改めて被害妄想がひどいことを自覚すると少しばかり納得してしまいました。
今まさに被害妄想で傷付き、なんとか文章にしたいと思ってこの記事を書いています。
こうなるととにかく人間に対し恐怖心が芽生えて、全ての人間が怖くなってしまいます。
この話を一人の人間に話せれば、少しは安心をするのですが、当然のように話を出来る友達のような存在はいません。だからこうやって文章にしているところもあります。
普通の人にこんなことを話せば、引かれることは間違いないですし、下手すれば関係に亀裂が入る可能性すらあります。そういった意味ではこの状態は良い状態なのかもしれません。
精神病に理解がある友達なんてなかなかいないと思うので。
たぶん、誰に話しても理解は得られない気がするのです。リアルの人間への不信感は別の記事に書いた通りです。僕の苦悩なんて知りません。
ネットの人間もこんな話をしたところでやはり引かれるでしょう。
いくら長く関わりがある人間だろうと「全く関係ない他人の声が僕に対して悪口を言っているの。助けてほしい。」なんて相談されても困るでしょう。

むずかしいですね。


僕が救われる日は来るのでしょうか。現状僕の救いは「死ぬこと」以外見つけられません。

自殺は他殺ではないのか?ということ。

タイトルにあまり意味はないです。
今日は非常に気分が沈んでしまった。いつも通り自己嫌悪と人間への憎悪からくる憂鬱だ。


ブロンは40錠ほど入れたが、全く効かなかった。完全に耐性がついてしまいました。

僕と同じメンヘラさんはたくさんいるけれど、なんだかんだみんな具体的な救いが存在するように見えました。
長い間Twitterをしていたけれど、病院、友達、恋人など縋ることが出来る存在を持っている人が多い印象だった。ひたすらに羨ましかった。
べつに自分を悲劇のヒロインに仕立てあげるつもりはないです。自分が持っていないものを持っている人たちが羨ましいだけです。
僕にそういう存在がないのは僕自身に問題があるだろうし、考えなくても問題はたくさん出てくると思います。
僕にも一応音楽という好きなものはあるのだけれど、それを救いとは考えることはできないな、と思うのです。
音楽のために生き続けようとは思えないし、なんだろう、好きな本からの引用になるのだけれど、「かつて趣味だった読書も音楽鑑賞も、あくまで『生きていくため』のものだったんだよな」
この一文が全てだと思うわけです。僕は明日にでも死んでしまうような精神状態で毎日過ごしている人間なのです。そんな人間に音楽を救いと考えるのは難しかった。
生きているのが楽しかったらまた違ってたかもしれません。

なら人間に縋って救いを求めたらいいじゃないか、と思うかもしれませんが、それが全て拒まれてしまったのです。
病院へ救いを求めたが、お薬を出されるだけで何の救いにもならなかった。そのお薬は全く効き目がない現状です。色んなお薬を試しましたが、どれも僕の憂鬱な気持ちを取り除くことはなかった。
次にカウンセラー、他愛のない会話しかしてなくて、これは意味があるの?と終始思ってたほど意味がなかったです。
そしてネットの友達(リアルの友達はいません)、昔からの友達が何人かいたけれど、誰も僕の苦悩に気付かず、苦しんでいる姿を「いつものこと」と解釈し、全員無視でした。
これはそう判断される僕の今までの行いも悪かったかもしれません。
最後に親、親に関しては直接的に何度も救いを求めましたが、最初は優しくしてくれたものの段々と気にもかけずに放置が目立ってきました。それが積み重なって、今では僕も期待しなくなりました。

 

こうやって自分で何度も救いを求めに行ったのです。でも誰も僕に手を差し伸ばさなかった。ネットの友達に関しては僕にもかなり非があるので仕方ないことだと思いますけど。
親にもこうした仕打ちを受けるとは思わなかった。決して悪い家庭ではないと思うのだけれど、どうも僕に興味がないようです。


こうしてみると僕が死んでも誰も悲しまないかもしれませんね。

今とても死にたい気分でこの文章を書いています。

憶測ですが、計画的に自殺を行う人間より衝動的に自殺を行う人間の方が多いと思います。
僕もその衝動的に自殺を行う人間の一人でもありました。未遂で終わりましたが。

とりあえずありったけの処方薬を飲むことにします。今どきのお薬ODでは死ねないことは重々承知であります。

 

結局誰にも認知されず、苦しいだけで終わりそうですけれど。

ブロンODの話。

ブロンに手を出したのはいつ頃だったか、数ヶ月前だったと思う。正確な日付は覚えていない。

その頃、本当に精神が無理な時期で、どうにかして救われたかった。そしてオーバードーズについて調べた。

手軽なのはブロン、レスタミン、金パブ、どれも市販薬だ。

その中でもブロンはずば抜けて人気があった。たくさんの記事が出てきた。Twitterでも調べたりして、念入りに調べた記憶がある。

そして次の日にでも買いに出掛けたと思う。

普通に買えた。使い方などを説明された気がするが、どうでもよかった。

帰路でコンビニに寄って、お酒も買った。もちろんOD用だ。

まず最初は20錠飲んだ。お酒と一緒に飲んだからか、効きがはやかった。すぐにふわふわした感覚がきて、立ってみると浮いてるような、そんな気分だった。

気分の高揚もすごく、今なら何でもできるようで、とても楽しかった。依存している人間が多いのも納得がいった。

効果は8時間くらい続いただろうか。夕方から深夜までずっと楽しい気分だった。

しばらく少量+お酒で楽しんでた。

 

そしていつ頃か忘れたが、自分を壊したくて仕方なくなり、1瓶(84錠)丸々飲むことにした。最初はかなり時間をかけて飲みきったとおもう。数時間かけた。

最終的に心身もろとも弱りきった状態になった。身体はかなり重く、精神は弱々しくなって、思考もとてもネガティブになっていた。

でも僕にはその状態が心地良かった。幸せだった。唯一幸せと感じる瞬間だった。

肉体的にも精神的にも弱りきった自分が好きだった。この状態で初めて人間に本音を話せた。素面の状態では何も話せなかったからうれしかった。結果は何も救われなかったけど。

1瓶飲んだ後の症状がくせになり、しばらくは1瓶飲む毎日を繰り返して、廃人のような生活をしていた。

 

今もブロンを飲んでいる。耐性が出来たのか、20錠では素面も素面だった。今はコスパを重視し、少量で楽になろうとしている。

2時間後10錠追加したが、変わらず、数分後さらに10錠追加した。計40錠。気持ちは随分楽になってきた。でも1瓶丸々飲むことを続けてたせいか、少量では効果が現れないのは困りものだ。

 

そろそろ他のお薬にチャレンジしてみるのもよさそうです。

 

 

人間の信用性。

数ヶ月病院を通っていても病名を告げられてなくて、そろそろ知りたい、自分が病気だと安心がしたいと思ったので病名を聞いた。
適応障害自律神経失調症統合失調症、薬物依存のすべて、もしくはどれか、だと言われた。
僕が未だにODを続けているせいで断定は出来ないらしい。
すぐに疑わしくなった。何を理由に病名をつけているのかただ疑問だった。
統合失調症だと診断されているのは僕が「被害妄想が激しく、まれに幻聴が聴こえる」と伝えたからだろう。それ以外に統合失調症の要素がなかった。
薬物依存は、僕がODをやめないからだろうと思う。たった数ヶ月、数で言えば5、6瓶程度だ。それだけで依存だと診断するのは随分適当だな、と思った。
ただ適応障害自律神経失調症は特に疑うこともなかった。でも他の2つを見る限り、大した根拠はなく、曖昧なんだろうなあと思っている。
精神病なんて重症でもない限り、判断はしにくいのでしょう。身体的病気と違い、目視出来ないのが問題なんでしょうね。
以上の出来事がこの記事を書いている日の昨日の話でした。
そして人間に疑心しか残さないまま、今日病院へ向かった。本当にいやだった。どうせ何も変わらない、薬出されてはい終わり。それが精神科だ。

 

主治医と会話したところ、要約すると「私の手には負えないので、専門の病院を紹介するね」とのことだった。病院ごと変わることになった。どこに行っても同じで、期待もしていないんだけれど。
もういやだと思ってたカウンセリングの予約を前日だかに取り消したつもりだったのが、予約の取り消しはできないと当日に言われ、まあ1日くらいはいいか、と思い嫌々カウンセリングを受けた。
本当に嫌だった。態度に出てたと思う。会話内容も覚えていない。「病院は変わるけど、カウンセリングはいつでも受けていいからね」と言われたが、もう受けることはないだろう。

 

この世は地獄だ。日に日に人間のことが信用出来ない。
このことは後日書こうと思うけれど、僕の唯一救ってくれると期待をしていた「ネットの友達」すら僕の敵だった。何に縋ればいいか分からないです。

もはやこのブログは人間への憎悪と自分への嫌悪で固めた遺書みたいなものだと思う。

Twitter上のメンヘラの話

Twitterではメンヘラと名乗る人間がそれなりにいる。
「メンヘラさんと繋がりたい」や「病み垢さんと繋がりたい」という傷の舐めあいのようなタグもある。そのタグ自体はいいな、と思った。
リスカやお薬の写真を載せたり、精神病を患っていることをステータスにし、アピールをしている人間がごまんといる。自分と似た人間を探し、現実逃避をするにはうってつけの場所のはずだった。
ただ、そのタグを出会いの道具として使ってる人間の数もそれなりに居るということ。
そして顔の写真を載せる人も珍しくないということ。
承認欲求を満たしたいのが大半の理由だろうけど、自分に自信がない僕には理解ができなかった。
もっと人生に悲観し、明日にでも死んじゃうような、そういった人間がたくさんいるイメージだった。
蓋を開ければ、メンヘラを、自分が病んでいることを、誇りに思っている人間、その人間と出会うのが目的の人間の方が数は多かった。おそらく年齢層も低いのだろう。(僕もまだ若い部類だろうけど)
メンヘラをアイデンティティーと思っているところはあるかもしれないけれど、誇りに思ったことなんか一度たりともない。
ここは自分には明るすぎる場所だな、と思った。
少し場所を変えて、タグを利用していないメンヘラが居るところを覗いてみると、こっちの方が僕には居心地がよかった。ただただ自分の現状や思想、感情をツイートするような人がたくさん居た。
僕はこういうのが見たかった。こういう人と友達になりたかった。声かけることができず、「いいね」で済ませることが大半なんだけど。これでいいんだ。この距離感でいいんだ。
僕は思想や感情を人と共有がしたかっただけなんだよ。
僕は自分を「精神疾患者」と名乗るには重すぎると思って、「メンヘラ」と名乗るようにしている。
本当に精神病で苦しんでいる人にも失礼だからね。
僕は笑い話に出来るようなジャンル付けで十分なんだ。

 

ここ最近は引きこもって、ブロン飲んで、くたびれた身体を寝かせてるだけの廃人のような生活が続いている。精神的にも肉体的にも苦しくなってる。
一般的なブロンODは10〜30錠服用し、気分を高揚させるのが目的に対し、僕のODは1瓶以上を服用し、身体を弱らせるのが目的になっている。ODしたその日と次の日は身体を起こせないくらいにはくたくただ。誰も心配なんかしないさ。
空になったブロンを目立つところに積み立てたところで、親は見て見ぬフリ。
親しい(と思っている)ネットのフォロワーが数十人いるTwitterアカウントで苦しいことを具体的にツイートしても見て見ぬフリ。「いつものこと」と認識されているのだろう。本当につらいときに声の一つもかけられない。
全ては「構ってほしい」の一言に尽きるんだよ。
自業自得にしろ、僕の苦しみを理解しない人間が憎かった。僕を救ってくれない世界が憎かった。
元を辿れば、僕が悪いで片付く話なんだ。
でも人間や世界の責任にしないとやっていけない状態なのだ。くるしいね。

 

Twitterで現実的な愚痴を並べてる人、Twitterで同じ趣味の友達と会話している人、2chで終わりが見えない言い争いをしている人、そのどれもが僕には輝かしく見えてしまった。「ああ、やっぱり僕がいなくても世界はまわるんだな」って悲しくなってしまった。どこにも、誰にも、必要とされていないんだと思った。唯一居場所だと思っていたネットも最近は居るのが苦痛になってきたし、顔を見せることもしなくなった。

 

気付いたらタイトルとかけ離れた自分の惨状について書いてしまった。
一括にメンヘラと言ってもいろんな人間がいるね、という話でした。